各地を巡る“ふしぎ翻訳図書館バス”が、東アジアの古典文学の新たな楽しみ方を提供し、子どもからお年寄りまでを優しくつないでいる。伝統と想像力、そして小さな偶然が織りなす物語が、今、多くの人に笑顔と温もりを届けている。
大型バスを改装したこの移動図書館「ふしぎ翻訳バス」は、文芸翻訳家の小笠原克郎(おがさわら・かつろう/45)を中心とするNPO「ひいらぎの輪」が企画したものだ。バスの車内には、東アジア各地の古典文学や民話の翻訳本がずらり並び、訪れた人は好きな本を手に取って読むことができる。ページをめくると、一冊ごとに小さなポストカードが挟まれており、そこには以前その本を読んだ見知らぬ誰かの感想や絵、ときには翻訳にまつわるユーモラスなエピソードまで記されている。バスが町を巡るたびに、物語は人から人へ、“言葉のリレー”として受け継がれていくのだ。
最近、長野県松本市の湖畔地区にバスが停車した日、気弱な高校生の市川瑞紀(いちかわ・みずき/16)は、偶然『桃花源記』の韓国語版和訳を手に取った。ページの間にあった青空のポストカードには、「この物語をドイツ語に訳す夢を追いかけています。読んだ人が希望を見つけられますように――木村仁志(きむら・ひとし/大学生)」と添えられていた。その日、瑞紀は思い切って家の本棚からお気に入りの詩をひとつ書き写し、本に挟んで返した。翌週、瑞紀の詩を読んだ主婦の西本佳奈(にしもと・かな/39)は、「うちの庭にも桃の木を植えてみようかな」とSNSに投稿。投稿は地元で話題を呼び、近所では“物語から生まれるガーデニング熱”が静かに広がった。
「本を読むことで、誰かの小さな気持ちや夢までそっと手渡される気がするんです」と、ふしぎ翻訳バスの運転手を務める山岸慶一(やまぎし・けいいち/62)は語る。彼が特に心に残っているのは、ある日バスを訪れた高齢の男性が、若い翻訳者の夢を記したポストカードを手に涙を流したことだ。「言葉や物語って、ひとりじゃ閉じ込めておけない。思いがけず人とつながってしまう、不思議な“魔法”ですよね」と山岸さん。
こうした動きに、東アジア文学の研究者・成瀬泉(なるせ・いずみ/53)は、「翻訳によって、遠い国の物語や感情が私たちのすぐ隣にやってきます。こうして実際に人と人が温かく交わることで、古典文学は何倍にも生き生きと息づくのです」と語る。一方SNSでは、「人生で一番やさしいバス体験」「知らない誰かの夢や苦労まで、ページから届いた」という感動の声が相次ぐ。中には「短期でもいいから、運転手ボランティアをしてみたい」と応募が殺到、バスの次の旅先を決める“物語リクエスト”まで生まれているという。
ふしぎ翻訳図書館バスは、これからもさまざまな東アジアの古典や伝承を携え、人と人の間に小さな幸せの物語を紡いでいく。物語から生まれる縁が、またどこかの町で新しい輪となって、ひっそりと優しい声を届けてくれるだろう。
コメント
小学生の娘と一緒にぜひ行ってみたいです!本を通して誰かとつながれるって、とても素敵ですね。ポストカードの感想も、娘の心に残る宝物になりそうです。
こんなバスが昔もあったら、もっと本を身近に楽しめたかもしれませんねえ。最近なかなか本を読む機会が減っていたので、久しぶりに古典文学を手に取ってみたくなりました。
ひとつの本が、いろんな人の夢やメッセージをはさみながら旅していく…なんだかめちゃエモいです。自分も何か書いて挟んでみたいな〜。こういう優しい輪が、もっと広がればいいなぁ。
松本湖の近所に住んでます。先週たまたまこのバスを見かけて、すごくあたたかい雰囲気でした!知らない誰かの想いに触れて、ちょっぴりおすそ分けしてもらえた気分です。
こういう話を読むと、言葉ってやっぱりすごいなと思います。ちょっとした文章や詩が誰かに勇気を与えたり、次の未来を動かしたり…ふしぎバスに拍手!