まだ冷んやりとした春の朝、山間の町ミドリ川で、地域カフェ「ポケットベンチ」が開店前からそっと注目を集めていた。小さな店先の青いベンチ、ここが今、賃上げ交渉の新しい「始発駅」になっているのだ。
きっかけは、レジ担当の野上麻衣(29)が、焼き立てパン職人の東条恵一(45)にそっと差し入れた「ありがとうメモ」だった。忙しい日の夕方、手すきの合間に交わせるたった一言のやりとりが、日々の仕事への希望や悩みを自然に吐き出せるきっかけとなったという。これを見ていたオーナーの斉藤みどり(60)は、ふたりの会話が「何よりも人的資本経営の原点かも」と気づいた。
それ以来、焼き菓子の香りが漂うベンチには、従業員のペアが定期的に座り、「ふたり交渉会議」と名付けられた時間が設けられるようになった。内容は自由。生活費への不安、働きやすさ、趣味の話まで、何でも話していいルールだ。意外なことに、「同一労働同一賃金」の原則がふたりのやりとりから自然と話題になり、経験や役割の違いを互いに認め合う対話が繰り返されているという。月末には全員で、ベンチで出たアイデアを持ち寄り、より良い労働条件についても議論する。
やがて町の住民を巻き込む形で、希望者がベンチで話し合う『ひろがる賃上げタイム』が始まった。果樹園で働く市川大介(33)は、「小さなカフェで始まった運動が町全体に広がるなんて。働く人が明るい顔をしていると、町の空気も柔らかくなる」と嬉しそうに語る。最近ではストライキの代わりに、町中の企業がベンチ会議をお試しで取り入れるようになり、“話すスト”という新しい交渉文化が根付き始めているそうだ。
SNSでは「#ベンチで賃上げ」のタグがトレンド入り。多様な業種の人たちから「話すほどにみんなが少しずつ優しくなれる」など感謝と応援のメッセージが届いている。人的資本経営の専門家として知られる髙山明子(52)は、「根本的な信頼と親しみが重なる時、社会が望む“同一労働同一賃金”や健全な労働条件が自然に姿を現す。ミドリ川のベンチは、その象徴になり得る」と評価する。
春の訪れとともに、町のベンチから生まれた小さな奇跡が、やがて世界に広がる日もそう遠くないのかもしれない。



コメント
子育て中の身としては、こういう温かいやりとりが広がるのは本当に嬉しいです。ベンチで自然に気持ちを伝えたり悩みを相談できる場所、家族みたいで素敵ですね。うちの子が社会に出る頃、こんな職場が増えてるといいなぁ。
長年町に住む者として、ミドリ川がこんな話題で盛り上がるとは誇りです。昔は井戸端会議で色々と助け合ったものですが、今の若い人たちなりの助け合いの形なんですね。読んでにこやかになりました。
めっちゃ面白い。声を上げるストじゃなくて、まず対話から始めて賃上げに繋げるって新鮮!自分のバイト先でもやってみたいかも。こういう文化、もっと全国に広がってほしいです。
ポケットベンチさんの前をよく通りますが、いつもふんわりといい香りがして、みんなの笑い声が聞こえてきます。小さな町でも優しい革命が起きるんだなぁ、とほっこりしました。応援しています!
うっかり泣けてしまいました。“話すスト”って考え方、素敵ですね。自分の職場もそうだったら、もっとみんな前向きに働ける気がします。ミドリ川のみなさん、勇気をくれてありがとう。