森の中に現れた“消えるギャラリー”がつなぐ小さな奇跡――アートで広がる優しい連鎖

朝もやの森の中で、淡く光るアーチ状の入り口が木立の間に現れている様子。 アートライフスタイル
幻想的な光のアーチが早朝の灰ノ原町の森に静かに姿を現す。

早朝、ガラス細工のような朝露に包まれる灰ノ原町。その外れ、普段はリスしか通らないと噂される小さな森に、不思議なギャラリーが現れる現象が住民たちの間で話題となっている。木立の隙間から淡く光るアーチ状の入り口が現れ、中に入ると世界中の誰かがそっと描いた「大切な記憶」がアートとして並ぶ。そのギャラリーは、朝と共に森に溶けて消えてしまうのだという。

この“消えるギャラリー”の存在が初めて確認されたのは三ヶ月前のこと。町立中学校の図工教諭・豊川麗子(42)が、散歩中に迷い込んだ先で見たのだそうだ。豊川教諭は「道端に落ちていた古いトランプを指で弾いたら、ふわっと風が舞ってアーチが現れたんです。中には、知らない子どもの描いた家族の手紙風イラストや、『ここに咲いたらいいな』って願いごとを描いた花の版画が壁にかけてありました」と語る。

口コミが静かに広がる中、地元のパン職人・榊原正信さん(52)もギャラリーを訪れた一人。彼は、幼い頃に他界した祖母が好きだった焼き菓子の包装紙が、精密な版画作品として展示されていたことに驚いたという。「作品の横には“この味を覚えていますか?”という言葉が添えられていて、思わず涙が出ました。帰り道、ふっと心が温かくなりました」と微笑む。

不思議なのは、ギャラリーへの入り口が毎回違うアイテムや行動によって開かれる点だ。町役場職員の大橋美月(28)は、森の落ち葉で作った小さなリースを木にかけた瞬間、柔らかな光の道が現れたと話す。「作品は誰かの日常そのもの。クロッキー帳に書き込まれたレシピや、家族で囲んだテーブルクロスのパターンまで。そして、どれもそっと手にとると自分の心にも似た思い出が浮かぶのです」。

SNSでは「#消えるギャラリー灰ノ原」と題された投稿が増え、遠方からも来訪者が見られるように。アートフェア主催経験のあるデザイナー・白川剛士(36)は、「この現象は“記憶と優しさ”が森に咲いたみたい。展示されるたび、作品は新しい来場者の優しさを吸い取って少しずつ変化していくんです」と分析する。街に静かな優しさのリレーが生まれ、近ごろは『ギャラリーで誰かの記憶にそっと会いたい』と散歩がてら訪れる家族も増えている。

ギャラリーが現れる日は、森の動物たちさえも静かに見守っていると言われる灰ノ原町。いつしか人と人、そして過去と今がやさしく結びあっていく。“消えるギャラリー”は、今日も森のどこかでそっと扉を開いている。

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